2026年7月14日
この記事のカテゴリー : その他 維持費削減の耳より情報

国土交通省の全国調査によると、総会の出席率は約9割。──と聞くと、高そうに見えますよね。
ところがこの「出席」には、書類を出しただけの人も含まれています。実際に会場へ足を運んだ人は──平均およそ25%。4人に1人です。
残りのおよそ6割は、紙の上の出席です。内訳は、委任状がおよそ3割。議決権行使書が、およそ3割5分。
委任状は、判断を人に預ける紙です。その多くが「議長、つまり理事長に一任する」ということで、中身を読まなくても、出せてしまいます。
では、議決権行使書はどうか。こちらは自分で賛成・反対にマルをつける書類ですから、一見、ちゃんと意思を示しているように見えます。
でも、本当に、そうでしょうか。
「理事会が決めたことだから」でつけた、賛成のマル。「読んでも、よく分からないから」でつけた、賛成のマル。
そして──「反対して、波風を立てたくないから」でつけた、賛成のマル。それは、意思表示でしょうか。それとも、あきらめでしょうか。
一方は、判断を、人に預けた。もう一方は、判断を、しないままマルをつけた。
入口は違いますが、出口は同じです。どちらの紙にも、その人の本当の判断は入っていません。
つまり、マンションで一番大事な意思決定──何千万円、何億円というお金の使い道は、あわせておよそ6割の、「無関心な一票」で決まっています。
「うちの住民は無関心で困る」。この嘆きを、理事会の皆さんから何百回と聞いてきました。でも今日、最初に申し上げたいのはこれです。
無関心な住民は、目覚める気がないのではありません。ただ、眠っているだけです。
眠っている人は、責めても説教しても起きません。でも、あるきっかけで起きることがあります。
私は、たくさんのマンションの合意形成の現場を見てきました。
その経験から、住民が目を覚ますきっかけ──「目覚めスイッチ」を、今日は4つお話しします。
架空のマンションで考えましょう。築40年、100戸。総会の議案書が全戸に届きました。
「排水管の立管更新工事の実施について。工事費総額1億6,000万円」。添付の見積りは、1社だけです。
この議案書を受け取った3人の住民を見てみます。
Aさん、59歳、共働き。1億6,000万円という数字を見て、そっと封筒を閉じました。
「まあ、理事会が決めたことだから」。「議長に一任」として、委任状をポストへ。所要時間は、わずか30秒。
Bさん、72歳、元理事。「1社見積りはおかしい」と、すぐに気づきました。
でも、数年前の総会で異議を唱えたご近所さんが、その後、厄介者扱いされてきた経緯が目に浮かびました。
……今回は、波風を立てないでおこう。おかしいと思いながらも議決権行使書の「賛成」に、マルをつけました。
Cさん、38歳、去年入居したばかり。書類はテーブルに置いたまま、提出期限が過ぎました。
結果、このマンションでも6割が、中身を見ないままの一票。理事長への委任状と、読まずにマルをつけた議決権行使書です。
議案はすんなり可決され、他社からの相見積りは取られることなく、見積りを提出した施工業者と1億6,000万円の契約が結ばれました。
後日、近隣の同規模のマンションが同じような工事を8,000万円で終えていたことが分かります。
差額8,000万円。一世帯あたり80万円の差。でも、もう契約は済んでいます。
この結果を招いたのは、誰の責任でしょうか。理事会や施工業者を紹介した管理会社でしょうか?
もちろんそこにも問題がありますが、最大の原因は住民の「無関心」にあると思っています。
今回のように議案書をスルーさせてしまった3人を責めたいのではありません。
3人とも「動かなかった」結果は同じですが、理由はバラバラでした。
Aさんは、情報が正しいかどうか調べたりすることで煩わされたくなかった。Bさんは、分かっていたけれど、標的になることを怖れた。Cさんは、そもそも書類を開いてもいない。
ここで、この記事をご覧のあなたが、このおかしな議案書を受け取って「相見積りも取っていないし、金額も高そうだ。どうもおかしいぞ」と気づいた人だったとしましょう。
でも、あなた一人が気づいただけでは、総会の結果は変わりません。ほとんどの住民は無関心の休眠状態のままだからです。
カギを握るのは、AさんやBさん、Cさんのような、マンション管理に関わろうとしない休眠状態の住民たち。
この人たちを、あなたがどうやって目覚めさせて、味方になってもらうか。ここに、この議案書を可決にさせない勝敗がかかっています。
とはいえ、眠っている人たちが起きて動き出すまでには、越えなければならない壁がいくつかあります。
今回は、あなたがその壁をひとつずつ越えていけるように、4つの「目覚めスイッチ」として整理しました。
「工事費1億6,000万円、見積りは1社です」──これをそのまま伝えても、誰も目覚めません。
そもそも額が大きすぎるうえに、「組合のお金」はもはや他人事でしかないからです。
組合のお金とは、本来は自分たちが集めたお金ですが、いったん支払ってしまうと関心が薄れてしまいます。
でも、こう伝えたらどうでしょう。「他のマンションでは、同じような工事が8,000万円でした。
100戸で割ると、あなたの積立金から80万円、余計に出ていく計算になります」。
主語が「組合」から「あなた」に、金額が「1億6,000万円」から「80万円」に変わった瞬間、初めて自分の話になります。
30秒で封筒を閉じていたAさんであっても、ここで手を止めるはずです。
「他のマンションの相場なんて、どうやって調べるんだ!!」と思われた方。その方法があるんです。後ほど、実践編でお話しします。
金額は一世帯当たりのコスト(費用)で伝える。これが1つ目のスイッチです。
差額80万円と聞いて、目が覚めかけたAさん。でも、次の壁が来ます。
「とはいえ、工事の値段が適正かどうかなんて、素人には分からない。反対されて工事が遅れたと、後から文句を言われても困るし……やっぱり理事会に任せておこう」。
せっかく開きかけた目が、また閉じてしまう。
ここで必要なのは、賛成・反対の判断を迫ることではなく、次のようなメッセージを投げかけて、誰でもできる一歩を示すことです。
「現在、『なぜ1社見積りなのか』『他社に聞けばもっと安くなるのではないか』といった疑問に関して、私たち有志が理事会に文書で質問しています。
その回答を読んで、納得できたら賛成、できなかったら反対にマルをつけてください。賛成でも反対でも構いません。
ただ、理事会が決めたから、ではなく、ご自身が読んで決めた一票を出してください」。
工事の値段の妥当性を自分で調べるのは無理でも、「説明に納得できたかどうか」なら誰にでも判断できます。
難しい質問は、おかしいと思っている有志の人たしが理事会側に質問し、住民には納得できたかどうか、〇×で判断していただく。
ここまでハードルを下げて、初めてAさんはアクションを取るでしょう。
住民の方たちは〇×で答えるだけ。これが2つ目のスイッチです。
「この見積りはあまりに高すぎるのではないか?」と気づいた人がいたとします。
でも、すぐに「私一人が騒いだところで、どうせ変わらない」という思いが頭をよぎります。
この諦めは性格に起因したものではなく、過去の総会でそれが現実だった、つまり、住民一人が騒いだところで握りつぶされて終わりという、学習の結果です。
だから、声を上げるときは必ず複数の連名で。
一人の名前の文書は「変わり者の一人相撲」にすぎませんが、5人の連名なら「うちのマンション、動き出してるんだ」に変わります。
「○号室さんも心配していたみたいですよ」という何気ない立ち話も、同じ働きをします。
人は「正しいから」より、「周りが動いているから」ということを理由に動き始めるものだと言えます。
動き始めた人の姿が視界に入った瞬間、様子見の人たちが目覚め始めます。
声は一人で上げず、連名で。これが3つ目のスイッチです。
元理事のBさんは、最初から「おかしい」と分かっていました。それでも、賛成にマルをつけました。
総会で声を上げた人が、その後どんな目で見られてきたかを知っているからです。
何年も顔を合わせ続ける閉じられたコミュニティ、ご近所社会のなかで目立ちたくない──これは不誠実なことではなく、処世術です。
そんなBさんには、こう伝えます。
「表に立っていただかなくて結構です。手を挙げる必要も、発言する必要もありません。総会では、一言も話さなくていい。
ただ、ひとつだけ。その紙にだけは、本当に思っていることを書いてください。
納得できたのなら、賛成で構いません。でも、『おかしい』と思っているのに賛成にマルをつけるのは、賛成ではありませんよね。
それは、黙っておこう、という意思表示です。ご近所付き合いのために黙るのは、構いません。でも、その紙の上でまで、黙る必要はないんです」。
正直に言うと、行使書は記名式なので、集計する理事会には誰がどう書いたかが分かります。
それでも、100人の前で立ち上がって「おかしい」と言うことと、封筒に入れて出すことの間には、天と地ほどの差があります。
Bさんは、誰とも目を合わせずに済むんです。
声は上げられなくても、票なら投じられる。声なき票を、取りこぼさない。これが4つ目のスイッチです。
これで4つのスイッチすべてをお話ししましたが、「あれ? Cさんは?」と思われた方もいらっしゃると思います。
書類の封も開けないCさんのような方は、紙一枚ではなかなか目覚めません。
届くとしたら、顔を合わせたときにご近所さんから言われた「今度の工事の件、議案書を見ておいたほうがいいですよ」という地道な声かけくらいです。
でも、全員を起こす必要はありません。総会は過半数の戦いです。
Aさんのような「損に気づけば動く人」と、Bさんのような「黙っているけれど分かっている人」が起きるだけで、眠ったままの6割は崩れ始めます。
目覚めそうな人を、確実に起こす。これが現実的な戦い方です。
ここからは実践編です。あなたは議案書を見て、「見積りが1社だけだ」と気づきました。どのようなアクションを取りますか?
まず、やりがちな失敗から。それは、総会当日に頑張ろうとすることです。
このマンションでは、6割の票が、総会が始まる前にすでに紙で確定しています。理事長に預けられた委任状と、中身を見ないままの賛成票。
当日どれだけ正論を述べても、この数字は動きません。勝負は、紙が投函される前です。
勝負は、総会の2週間前。やることは二つです。
一つ目。相場を調べる。
「他社ならもっと安いかもしれない」と言うには、根拠の数字が要ります。
配管保全センターでは、実際の工事事例のデータをもとに相場を確認できる検索システムを作りました。
これは「相場レーダー」という名称で、利用申請登録した理事長の方たちに限って無料で公開しています。
今回のような排水管の立管更新工事なら、実例に基づいた相場を確認することができます。
「議案の金額は相場の範囲内か、明らかに高いのか?」──この感触がつかめるだけで、「なんとなくおかしい」が「数字で示せる疑惑」に変わります。
もちろん建物の条件で金額は変わりますから、迷ったら当センターのような第三者にお問い合わせください。
ただ、さきほどお伝えしたように相場レーダーの登録申請は理事長のみとなります。
理事長が管理会社と癒着しているといった状態で、議案書が送られてきた場合には、この相場レーダーを残念ながら見ることができません。
このような状態のときは、当センターにお問合せいただければ、相場をある程度、お答えできるかと思いますので、連絡してみてください。
二つ目。質問状を出す。そして、同じものを全戸に配る。
まず、理事会に質問状を送ります。
「なぜ1社見積りなのですか?」「複数社に聞けば、もっと安くなるのではないですか?」「相場と比べて、一世帯あたり約80万円の差があるように見えます。この点をご説明ください」。
トーンは糾弾ではなく確認。感情ではなく数字。賛同してくれそうな人を集めて、差出人は、必ず連名で行います。
そして大事なのはここです。この質問状を、「住民の皆さまへのお知らせ」として全戸のポストにも配ります。
末尾には一行、「理事会の回答をご覧のうえ、理事会に預けるのではなく、ご自身が読んで決めた賛否を、議決権行使書でお出しください」と添えてください。
これまで、Aさんが30秒で封筒を閉じるまで、考える時間はゼロでした。
その前にこのお知らせがポストに入っていたら──個人の負担額として差額80万円が目に入り、この件に関して動いている人たちがいると知り、自分の意志を示すためにマルをつけるだけでいいと分かる。
Aさんの30秒が、変わります。そしてBさんの不本意な賛成が、本意の一票に変わります。
総会当日は、勝ちに行くのではなく、記録と物語を作りにいきます。
「工事に反対はしません。ただ、契約の前に2社以上の見積りを取って、比較してください」──この提案(動議)を出します。
委任状の壁で否決されるかもしれません。でも、誰も損しないこの提案を、理事長が委任状の束で潰したら?
その光景は議事録に残り、廊下での立ち話から始まって、マンション中を勝手に歩き始めます。
「『相見積りを取りましょう』と提案しただけなのに、潰されたんだって」。数字は忘れられても、物語は伝わっていきます。
総会の後にも、まだ道は残されています。可決から実際の契約までには時間があります。
当日の参加者を核にして、5分の1の連署で臨時総会を請求できます。
総会の前に種をまき、当日に物語を作り、後から収穫する。これが全体の流れです。
最後に、この「配る」「声を上げる」という行為には、二つのリスクが伴うことをお話しします。
一つ目は、反撃されるリスク。
質問票に「理事会は業者と癒着している」「これは背任だ」と、確証もないまま断定してしまうと、名誉毀損として逆に訴えられる隙を、自分から差し出すことになります。
攻めていたはずが、一枚の紙で立場が逆転する。鉄則は、断定ではなく質問、感情ではなく数字。
「高すぎる」ではなく「差額のご説明をお願いします」。踏み込んだ表現を使う前には、専門家のチェックを必ず通してください。
二つ目は、変人扱いされるリスク。
これは、動き出したあなた自身に降りかかってきます。最初に声を上げた人は、ほぼ例外なく「面倒な人」という視線を浴びる。
それが、最初に動く人が支払うコストです。
だからこそ連名にし、トーンは最後まで丁寧に保ち、「糾弾する人」ではなく「みんなのお金を心配している人」の立ち位置を守る。
これは、あなた自身を守る防具でもあります。
それでも、全員が様子を見ている限り、何も始まりません。
誰かが最初に、氏名を明らかにして、住民に語り掛け、覚醒のスイッチを入れなければなりません。
その覚悟を最初に目覚めた人が引き受けるということです。
